2015年08月15日

≪English Tenor≫イングリッシュ・テナー【2】

≪イングリッシュ・テナー≫の原点に遡る。

「ミスター・ヘンデルは極めて素晴らしいイングリッシュ・ヴォイスを得た・・。」

オラトリオ『メサイア』の作曲家として有名なG.F.ヘンデルが見出し育てたテノール歌手「ジョン・ビアード」について書かれた新聞記事の一節である。彼の出現が、ヘンデルのその後の作品に大きな影響を与えた。

ジョン・ビアード(ca1717-91)

≪English Tenor≫イングリッシュ・テナー【2】

ピアードのためにヘンデルが作曲した幾つかのアリアを見て行くと、彼の声を想像するヒントが浮かび上がってきます。それは、イタリア人テナーのために書かれたそれまでのアリアには、殆ど見られなかった、ロング・トーンの美しい、滑らかなフレーズが現れるという事です。これがつまり、極上のイングリッシュ・ヴォイスのために書かれた音楽なのです。そしてこの事から、ピアードの声質や表現形態は、限りなく現代の「イングリッシュ・テナー」のものに近いということが想像できるでしょう。(辻裕久)

≪イングリッシュ・テナー≫はジョン・ビアード(ca1717-91)にはじまり、ピーター・ピアーズ(1910-86)によって大輪の花を咲かせ、今も伝統が受け継がれている。その歴史が生み出した膨大なレパートリーは、イギリス声楽史上、重要な位置を占めている。

その歌唱技術ゆえか、彼らの来日公演では古楽作品、あるいは、人気の高いシューベルト、シューマン、ベートーヴェンの歌曲というプログラムが多いようだ。集客を考慮しての判断もあるだろうが、イギリス歌曲も存分に聴かせて欲しいと願う。

8年ほど前だろうか、イアン・ボストリッジがシューベルトとブリテンの作品を歌ったリサイタルに接した。それについて、故畑中良輔先生に「ブリテンは良かったのですが、シューベルトは・・・」と感想をお伝えしたところ、「そうだろう、僕もそう思う。」とのお返事であった。

~閑話休題~

≪イングリッシュ・テナー≫の特質は、内なる強烈な感情を秘めつつ大きな表現を避ける、日本人が共感し得る演奏スタイルの筈なのだけれど、翻って考えると、残念ながら現在の日本人が好む(興味を持つ)スタイルではないのだという納得感も。自分たちに近いものより、遠いものに憧れるという気質によるのだろうか。

イギリスの歌唱技術と伝統を彼の国で学び、演奏も数多く行ってきた辻裕久さんは、日本におけるイギリス歌曲のスペシャリストとしての草分けであり貴重な存在である。彼のことばで締め括りたい。

ピアーズの残した印象はあまりにも強く、日本人の私でさえも、様々な意味でピアーズと比較されることがあります。「イングリッシュ・テナー」の本質はとらえつつ、しかしどのイングリッシュ・テナーとも違う、“英国の味”を表現することが、私がめざすべき、私自身のスタイルの確立であり、歌手としてのアイデンティティーの確立であると信じています。
ヘンデルの愛したテノール、ジョン・ビアードと、ブリテンが生涯の伴侶として愛したピーター・ピアーズ。それぞれの時代において、イギリスの聴衆を魅了し、また後世にも影響を与える偉大な仕事をしたこの二人の演奏家は、私がイギリス声楽曲をライフワークとして歌い続けてゆく上での大きな存在です。彼らの残したイングリッシュ・テナーのレパートリーを21世紀の世界に歌い継ぐ者の一人として、私はここに、深い尊敬と感謝の念を捧げます。

辻 裕久

≪English Tenor≫イングリッシュ・テナー【2】

第19回英国歌曲展(ten辻裕久&pfなかにしあかね)

■静岡公演 *コンサートシリーズ「世界のうた」特別企画
2015年9月6日(日)14:00開演/七間町・江﨑ホール

■東京公演 
2015年9月9日(水)19:00開演/銀座・王子ホール

※参考文献
CD(FMC-5040)「ベンジャミン・ブリテン歌曲集~Ten辻裕久」
東京書籍「ヘンデル~クリストファー・ホグウッド/訳・三澤寿喜」



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Posted by シン・ムジカ - 蓑島音楽事務所 at 10:42│Comments(0)コンサート演奏家音楽
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