2014年07月01日
個人的には「伴奏」という考え方があまり好きではないんです。
個人的には「伴奏」という考え方があまり好きではないんです。たとえばヴィエニャフスキのヴォイオリン・ソナタなど、ヴァイオリンの超絶技巧を聴かせるための作品であれば、隙間を埋めるのがピアノの役割ということになる。でも歌曲の場合は、言葉とピアノの両方があって初めて成立する。もちろん視覚的注意をひくのはもっぱら歌手でしょう。でも音楽はピアニストと歌手の両方から流れてくるし、それが融けあって音楽になる。ですから歌曲もいわゆる室内楽のひとつとして考えるべきだし、たとえばイアン・ボストリッジのようなスーパースターと共演するときでも、単に「イアン・ボストリッジ・ショー」にならないように、ピアニストがすべき仕事を懸命にやるしかない。もちろん、スターと呼ばれる歌手の方々も楽器と声があってはじめてリサイタルが成立するのだということを、よく理解しています。声とともに音楽をつくる、そのためのピアノ演奏。これは生涯をかけて探求する価値のあるものです。
王子ホールマガジン Vol.44 2014 夏号
ピアノという仕事vol.16「ジュリアス・ドレイク」より
http://www.ojihall.jp/topics/topics.html
王子ホールマガジン Vol.44 2014 夏号
ピアノという仕事vol.16「ジュリアス・ドレイク」より
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