2015年08月15日

CD紹介『イングリッシュテノールの魅力』

イギリス抒情歌曲集〜Home, Sweet Home〜
辻裕久(テノール)/なかにしあかね(ピアノ)
2,800円(税抜)
詳細はコチラ↓
http://homepage3.nifty.com/SINMUSICA/shinmusica/CD/CD-516.html



第19回英国歌曲展(ten辻裕久&pfなかにしあかね)

■静岡公演 *コンサートシリーズ「世界のうた」特別企画
2015年9月6日(日)14:00開演/七間町・江﨑ホール

■東京公演 
2015年9月9日(水)19:00開演/銀座・王子ホール



  

Posted by シン・ムジカ - 蓑島音楽事務所 at 10:50Comments(0)

2015年08月15日

≪English Tenor≫イングリッシュ・テナー【1】

≪イングリッシュ・テナー≫は、イギリス人テノールという意味ではない。ひとつの特徴的な声種を表す呼称である。たとえば、テノールとバリトンの間の声域を歌うフランス声楽界特有の≪バリトン・マルタン≫もそうだ。≪バリトン・マルタン≫といえば、伝説的歌手カミーユ・モラーヌ(1911-2010)が挙げられよう。かぎりなく美しく甘い声、軽やかでありながら深みのある歌唱は、今でも多くのファンの心をとらえて離さない。

カミーユ・モラーヌ



では、≪イングリッシュ・テナー≫はどうだろう。まず思い浮かぶのは、イギリスの20世紀を代表する世界的作曲家ベンジャミン・ブリテン(1913-1976)の作品を数多く歌い、録音も多く残されているピーター・ピアーズ(1910-1986)である。彼の録音を聴くと、とにかく語る、そして、過度な表現はなく、内側に情感をたっぷりと秘めている。声は明るさがありソフトで抑制が効き、軽くも薄くもない。演奏からは“ことば”の役割の重要性を感じずにはいられない。演劇の国イギリスから生まれた演奏スタイルなのだ。

ベンジャミン・ブリテン(右)とピーター・ピアーズ(左)



イギリスに留学し数々の受賞歴を誇るテナーで、イギリス声楽作品の研究家でもある辻裕久さんは言う。

イギリス人の愛してやまない、この「イングリッシュ・テナー」ですが、特徴としては、メロウでどこかメランコリックなあの音色が挙げられるでしょう。英語が持っているリズムや、言葉の軽快さなどが生きる繊細かつドラマティックな語り口、また実声と裏声とを混ぜるようにして出すピアニシモの表現も印象的です。私はこのスタイルが、イギリス独自の特徴的な文化背景と、イギリス人の国民性、嗜好の中から生み出されたものであると感じています。
その嗜好の源には、たとえば英国国教会の音楽に欠かすことのできない、聖歌隊の美しく透明感のある歌声であるとか、あるいは、スコットランド、アイルランド、ウェールズ、イングランド、それぞれの民謡の切々とした語り口、などが考えられるかもしれません。しかしそれらにも増して考えられる、最も大きな影響力、文化背景は、やはりイギリスが世界に誇る演劇の文化でしょう。

ピアーズの他には、明るく輝かしく演じるナイジェル・ロジャース(1935-)、美しい声を持つアントニー・ロルフ・ジョンソン(1940-)、鋭い感覚と誠実な語り口によって作品本来の魅力を引き出すフィリップ・ラングリッジ(1939-2010)、まるで紙芝居を語りだすような風情のジョン・エルウィス(1946-)、隙のない卓越した技術を持つイアン・ボストリッジ(1964-)、今を輝くマーク・パドモア(1961-)はなんと甘く切なく歌うことか。私の浅薄な知識と経験でも、これだけの人たちがその声と共に思い浮かぶ。いずれも品格とやさしさに満ちた歌声を聴かせてくれる。

フィリップ・ラングリッジ(左)とマーク・パドモア(右)



彼らは独自の表現姿勢を持ちながら、しかし、≪イングリッシュ・テナー≫の伝統を踏まえ、その系統にあると思う。その歌唱は、きっとどの時代の音楽(作品)であってもかわらない。様式は異なっても要素のとらえ方は同じなのであって、まず言葉がありフレーズがある。古楽も、ロマン派も、現代歌曲も、彼らにとってアプローチは同じなのである。

≪続く≫

  

Posted by シン・ムジカ - 蓑島音楽事務所 at 10:43Comments(0)演奏家音楽シン・ムジカ

2015年08月15日

≪English Tenor≫イングリッシュ・テナー【2】

≪イングリッシュ・テナー≫の原点に遡る。

「ミスター・ヘンデルは極めて素晴らしいイングリッシュ・ヴォイスを得た・・。」

オラトリオ『メサイア』の作曲家として有名なG.F.ヘンデルが見出し育てたテノール歌手「ジョン・ビアード」について書かれた新聞記事の一節である。彼の出現が、ヘンデルのその後の作品に大きな影響を与えた。

ジョン・ビアード(ca1717-91)



ピアードのためにヘンデルが作曲した幾つかのアリアを見て行くと、彼の声を想像するヒントが浮かび上がってきます。それは、イタリア人テナーのために書かれたそれまでのアリアには、殆ど見られなかった、ロング・トーンの美しい、滑らかなフレーズが現れるという事です。これがつまり、極上のイングリッシュ・ヴォイスのために書かれた音楽なのです。そしてこの事から、ピアードの声質や表現形態は、限りなく現代の「イングリッシュ・テナー」のものに近いということが想像できるでしょう。(辻裕久)

≪イングリッシュ・テナー≫はジョン・ビアード(ca1717-91)にはじまり、ピーター・ピアーズ(1910-86)によって大輪の花を咲かせ、今も伝統が受け継がれている。その歴史が生み出した膨大なレパートリーは、イギリス声楽史上、重要な位置を占めている。

その歌唱技術ゆえか、彼らの来日公演では古楽作品、あるいは、人気の高いシューベルト、シューマン、ベートーヴェンの歌曲というプログラムが多いようだ。集客を考慮しての判断もあるだろうが、イギリス歌曲も存分に聴かせて欲しいと願う。

8年ほど前だろうか、イアン・ボストリッジがシューベルトとブリテンの作品を歌ったリサイタルに接した。それについて、故畑中良輔先生に「ブリテンは良かったのですが、シューベルトは・・・」と感想をお伝えしたところ、「そうだろう、僕もそう思う。」とのお返事であった。

~閑話休題~

≪イングリッシュ・テナー≫の特質は、内なる強烈な感情を秘めつつ大きな表現を避ける、日本人が共感し得る演奏スタイルの筈なのだけれど、翻って考えると、残念ながら現在の日本人が好む(興味を持つ)スタイルではないのだという納得感も。自分たちに近いものより、遠いものに憧れるという気質によるのだろうか。

イギリスの歌唱技術と伝統を彼の国で学び、演奏も数多く行ってきた辻裕久さんは、日本におけるイギリス歌曲のスペシャリストとしての草分けであり貴重な存在である。彼のことばで締め括りたい。

ピアーズの残した印象はあまりにも強く、日本人の私でさえも、様々な意味でピアーズと比較されることがあります。「イングリッシュ・テナー」の本質はとらえつつ、しかしどのイングリッシュ・テナーとも違う、“英国の味”を表現することが、私がめざすべき、私自身のスタイルの確立であり、歌手としてのアイデンティティーの確立であると信じています。
ヘンデルの愛したテノール、ジョン・ビアードと、ブリテンが生涯の伴侶として愛したピーター・ピアーズ。それぞれの時代において、イギリスの聴衆を魅了し、また後世にも影響を与える偉大な仕事をしたこの二人の演奏家は、私がイギリス声楽曲をライフワークとして歌い続けてゆく上での大きな存在です。彼らの残したイングリッシュ・テナーのレパートリーを21世紀の世界に歌い継ぐ者の一人として、私はここに、深い尊敬と感謝の念を捧げます。

辻 裕久



第19回英国歌曲展(ten辻裕久&pfなかにしあかね)

■静岡公演 *コンサートシリーズ「世界のうた」特別企画
2015年9月6日(日)14:00開演/七間町・江﨑ホール

■東京公演 
2015年9月9日(水)19:00開演/銀座・王子ホール

※参考文献
CD(FMC-5040)「ベンジャミン・ブリテン歌曲集~Ten辻裕久」
東京書籍「ヘンデル~クリストファー・ホグウッド/訳・三澤寿喜」

  

Posted by シン・ムジカ - 蓑島音楽事務所 at 10:42Comments(0)演奏家コンサート音楽